第5日目〜 カトン→動物園→エンプレスプレース→天津館
カトンショッピングセンター< 最終日の最初はカトンから >
今回のシンガポール旅行も最終日となりました。最後の1日は、カトンと動物園です。この日は、朝食自体もカトンで食べようという計画で、9時少し前、支度を終えると、タクシーでまっすぐカトンショッピングセンターへ向かって出発しました。
平日でも朝の時間はさすがにカトンショッピングセンターはほとんどお店は開いていません。タクシーを降りるとがらんとした雰囲気でした。朝食はラクサと決めていましたので、ここを起点に町歩きの開始です。
「赤いパン屋さん」も今は昔ですところで、イーストコーストロードに面したショップハウス群は、現在リノベーションが進んでいて、あちこち建物が工事用の現場壁で覆われています。シンガポール全体にそうですが、古いショップハウスは改修されるのが宿命なのですが、カトン付近は保存されていく方針なので、基本的には壊されてしまうことはありません。ただ、リノベーションされた後は賃料が上がってしまうので、昔ながらのお店が大挙を余儀なくされるケースは少なくないようです。
カトンショッピングセンターから少し東に歩いたところにあった(というか今も跡がある)「赤いパン屋さん」ことカトンベーカリーも、建物が老朽化し、安全でなく、リノベーションの必要性があることを理由に、昨年2003年3月に賃貸契約が更新されず、70年余に及ぶ歴史に幕を引くことになってしまいました。お店をやっていたおじいさんも高齢で、お店を再開する予定はないようです。
「カトンの心」とも言われたこのお店の閉鎖はカトンの現在を象徴しているようですが、今回歩いてみて、リノベーション中のショップハウスに入っていたお店は近くに移転していることが多いことがわかりました。おそらくリノベーションが終わった暁には、元のあたりにお店が戻ってきて昔ながらのカトンが生き残っていくことと信じています。
この寺院、なかなか見応えありますよさて、いきなり堅い話になってしまいましたが、改修が終わったショップハウスは色が塗り直されて、きれいになっていました。ついでながらでもないのでしょうが、イーストコーストロードからセイロンロードへ入ったところにあるセイロン・タミール人の拠点でもあるヒンズー寺院「スリ・センパガ・ヴィナヤガー寺院」もきれいに改修されていました。シンガポールには、こうしたヒンズー寺院があちこちにありますが、リトルインディアの寺院と比しても見応えがあるところが多いですね。ここあたりも規模は小さいですが、ヒンズー寺院の雰囲気を大いに楽しめます。訪れたときはちょうど朝のお参りに来る人たちがいる時間で、祈りを捧げるシンガポーリアンの姿を目にすることができました。
ヒンズー寺院あれば、インド料理屋ありということですが、寺院近くの「カトン・バナナリーフ」レストランも健在でした。小さな「食堂」のようなお店ですが、このお店、私たちがシンガポール在住時代、このホームページの前身である「シンガポールうまいもの探訪」を始めたときに、最初に取材したお店で、このページの歴史はまさしくこのお店の取材から始まったという記念すべきお店でもあるんです。何度か行きましたが、さっぱり感のあるカレーであった印象があります。「バナナリーフアポロ」のような有名店もいいですが、こういう小さなお店も魅力がありますよね。< 朝食はカトンラクサ >
49番のカトンラクサ〜これもおいしかったさて、この日の朝食はカトンラクサです。このあたりにはラクサ屋が集中しているのですが、そのあたりの事情については、以前レポートしたことがありますので、そちらをお読みいただきたいのですが、今回も私たちのお薦めのお店であるオリジナルのマリンパレードラクサのお店にまずは出かけてみました。
勢い込んで入ってみたところ、お店はまだ始まっておらず、奥にいたおじさんが「ラクサは昼からだ」と教えてくれました。と、このおじさんがこの近くで私たちが行きつけであったコーヒーショップで、カトン式でない普通のラクサを作っていたおじさんで、「赤ら顔のラクサ」といって呼んでいたおやじでした。コーヒーショップのリノベーションのため、ここに移っていて、フライドホッケンミーとか、プロウンミーとかをやっていました。決して顔なじみということはなかったのですが、いやー、何だかうれしかったですね。先ほども書きましたが、懐かしい、しかも古くからやっているお店がこうして生き残っていてくれるのは、シンガポールのローカルフードファンの一人としてたまらなくうれしいものがあります。
この雰囲気で食べられるのが魅力ですということですが、お店が開いているわけではありませんし、あくまでも目標はカトンラクサというわけで、赤ら顔のおやじのところをスキップして、このオリジナル・マリンパレードラクサのお店が元々あった場所にあたる49番のお店で食べることにしました。
このお店のラクサもおいしかったですよ。エビのダシが今ひとつ濃厚感に欠けるものの、水っぽさもないし、十分合格点です。ただ、まったくラクサが初めての日本人旅行者を対象にしてみると、オリジナルの方が食べやすいだろうと思いましたね。そのあたりが差になるのかもしれません。なお、竜太朗は前の日に買っておいたブレッドトークのパンを食事にしました。
カトンラクサはこのエリアで「カトンラクサ戦争」があった頃からシンガポール全域に広がり、フードコートあたりでもあちこちで食べられるようになりましたが、味も本場はちょっと違いますし、何しろこうして道ばたで比較的落ち着いて食べられる雰囲気のところはなかなか現在のシンガポールでは少なくなりましたから、その意味でも貴重だと言えるでしょう。
最近はカトンラクサも日本人旅行者向けのガイドブックにも掲載されるようになって、認知度が大いに高まってきましたが、最初期から長くカトンラクサを紹介し続けてきた私たちとしては、ぜひこのエリアで、味だけでなく、雰囲気も味わってほしいなと思いますね。
食事を終えた私たちは、イーストコーストロードを東へ歩いてみました。昨年来たときには、ジョーチャットロードを歩きましたから、今回は東の様子も見てみたかったのです。歩いてみると、改修中のショップハウスに入っていたお店がこのあたりへ移転しているのが確認できましたし、また相変わらず健在のお店も多くありました。
海山街海記油鶏飯は交差点をはさんだ向かいに、安邦醸豆腐はペラナカン料理の「ペラナカン・イン」の向かいにそれぞれ移転していました。新海山菜館は健在、そのすぐ近くにはチキンライスの文東記の支店があり、コンフェクショナリーの珍美真も朝からにぎわっていました。
全体にリノベーションは進んでいるものの、チャイナタウンのようにお店がすっかり変わってしまうということではなくて、昔の雰囲気を残しつつ新しくなるという感じで、安心しました。やはりカトンは「シンガポールの心」。これからも下町風情を残す街であって欲しいものです。
カトンの街並み〜文東記が見えます
こうしてリノベーションが行われています
ホーリー・ファミリーチャーチさて、このあたりをぶらぶらした私たちは、ホーリー・ファミリーチャーチの前でタクシーを拾い、次の目的地であるシンガポール動物園に向かいました。カトンを出発したのは午前10時を少し回っていました。カトンから動物園までは車で約30分。到着したのは10時半過ぎでした。
< 動物園〜エレファントショーを見ました >
エントランス付近〜きれいになりました動物園に来たのはもちろん竜太朗のためです。動物園自体は昨年も来ていて、竜太朗にとっても2度目のシンガポール動物園ということになります。今回来てみてまず変わっていたのはエントランス付近がきれいにリノベーションされたことですね。木を使い、サファリ的な雰囲気を意識した改装で、大変いい感じになりました。入場券は、最初のジュロンバードパークで、ナイトサファリと動物園のトリプルチケットを買っているので、ここはまっすぐ通過です。
10時半からアニマルショーが行われる予定になっていましたので、急いで走るようにしてアンピシアターへ向かいました。アンピシアターは、バードパークなどと違って、エントランスから結構離れており、急いで歩いても10分くらいかかってしまうので、時間ぎりぎりに来られる方は注意した方がいいですね。動物園のホームページに掲載されている地図を参考にしてみてください。
アニマルショーの様子さて、竜太朗自体はショーを見るのは初めてですし、私たちも久しぶりなのですが、以前ナイトサファリで買ってきた動物園のビデオにこのショーの様子が収められていて、竜太朗がまだ小さいうちからよく見せていましたので、ショーの内容は結構なじみがありました。後半部分のオランウータンが芸をする部分などはビデオで結構詳細に覚えていましたので、あ、ここが違うという感じでみてしまいました。やはり動物園に来たら、このショーは見ておくべきだと思います。
バードパークやナイトサファリのショーでもそうですが、シンガポールのこうしたアニマル関係のショーは単に動物の芸を見せるというだけではなくて、動物や環境を守っていこうというようなメッセージ性が強いのが特徴です。動物園全体の姿勢を感じるような気がしますね。
すぐ近くにクジャクがいたりしますショーの時間は30分で、11時頃にはアニマルショーが終わりました。シアターから出ると、すぐ上の木に猿がいて、出てきた人たちの注目を集めていました。毎度書くことですが、シンガポール動物園はいわゆるオープンズーで、動物がいるところと人間が見るところのバリアをなくすために、オリなどを極力使わず、水路や生垣等を使って自然な感じで動物を見えるようにしているのですが、それにとどまらず園内に放し飼いになっている動物たちがいて、間近で動物を見ることができるのがいいところです。クジャクなども近くを歩いていました。
さて、園内の案内パンフを見たら、「エレファンツ・オブ・アジア」のエリアで新しく象のショーをやっていることがわかり、これが11時半からということで出かけてみることにしました。アンピシアターからはすぐ近くですので、移動は簡単です。ぶらぶらと寄り道をしたりしながら、開始時間少し前に到着すると、意外と席は埋まっていました。ここは象がショーをする場所と客席の間にちょっとした池があって、これで隔てられています。客席は木で作られたサファリ風の建物で、5つのブロックに分かれています。中央のブロックがやはり一番見やすいのですが、私たちは到着した時間の関係もあって、正面向かって少し左手の場所から見ることになりました。柱がある建物なので、場所によっては柱がじゃまになって見づらいところもあるかもしれません。
ショーは象がいろいろと芸をしながら、象の生態などを説明していくものですが、面白さとしては「まあまあ」といったところでしょう。以前エレファントショーで象が芸をするところがありましたが、それに比べると少し落ちる部分もあるような気がしました。もっとも、こういうものは動物自体の訓練度合いもありますから、何とも言えないのですが。とはいえ、できれば見ておくとよいショーであると思います。時間は20分ほどです。
なお、象がいて、水があるということは、お決まりですが、象が観客に水をかけるというハプニングが用意されています。中央の前にいる方は注意しましょう。また、ショーのあと、象にえさをやることもできますので、これも楽しめると思いますよ。
エレファントショーの様子
終了後のふれあいタイム〜エサをやれます
中央のブロックがやはりねらい目ですこの日は朝食事をしたのが少し遅かったこともあって、昼食はもう少し後でもいいかと思い、エレファントショーの後少しぶらついていたのですが、結局12時半頃になって少し天気が悪くなり、雨が降りそうになってきたこともあって、動物園の真ん中付近にある「Forest Fare」で食事をとることにしました。私たちは、ビーフンとマレーライス、つまりぶっかけメシを注文しましたが、味の方はまあ観光地の食事場所という感じですかね。それでも竜太朗はビーフンなどもばくばく食べていました。
ライオンの前で食べている間に雨が降り出し、雷を伴ったスコール状態になりました。これは待たないといけないかなと思いましたが、ちょうどこのフードコートにオーストラリアの大学の学生さんが、シンガポールの観光地に来た人の評価などを調べるフィールドワークをしていて、アンケートを頼まれたので、書いたりしているうちに、15分くらいで雨はぴたりと止み、食事後すぐに行動を再開することができました。これはラッキーでした。
シンガポールは雨が降ると、直後は蒸し暑くなりますが、まもなく涼しくなってくるので、歩き回るには快適になります。何度も繰り返すようですが、この動物園は緑いっぱいで、動物も楽しめるし、歩き回るにも気持ちがよく、本当にいい場所だと思います。ひととおり歩き回り、14時半から今度はアシカのショーがありましたので、これを見に出かけました。ショー自体は場所が狭いこともあって、日本の水族館の大きなプールでやるショーに比べると見劣りしますが、最後にアシカに触れる時間があるので、竜太朗を連れていってやりました。ちょっとおびえていましたが、結構印象に残ったようでした。
もうこの時点で時間は3時です。そろそろ動物園を離れる時間になりました。ここからゲートまでは、トラムカーに乗って戻りました。園内はトラムがぐるりと回っています。ナイトサファリと同じで、トラムだけで見ていては、ちっとも面白くありませんが、ポイントポイントの移動にうまくトラムを利用すると、効率的に回れますから、うまく利用するといいですね。< エンプレスプレースのアジア文明博物館 >
新装なったエンプレスプレースさて、動物園を後にした私たちは、普通ですともう竜太朗のお昼寝の時間なのでホテルへ戻るべきなのですが、さすがに最終日でシンガポールでの時間も残すところわずかとなったので、最後に見ておかないといけないところということで、新装なったエンプレスプレースのアジア文明博物館に行くことにしました。
タクシーにはフラートンホテルへ向かってもらい、ここからカベナブリッジを通って博物館へ行きました。前にも書いたことがあるのですが、シンガポール在住中の職場がフラートンホテル前の香港上海銀行ビルの中にあったので、エンプレスプレースはなじみの深い場所で、特にここの前にはホーカーセンターがあって、いまでもシンガポールの大きな想い出になっています。
エントランス付近の様子このエンプレスプレースは、シンガポールの歴史的建造物の一つで、1907年に建てられ、当時、シンガポールがイギリスの植民地であったこともあり、ビクトリア女王にちなんで、この名がつきました。隣にあるコンサートホールのビクトリアメモリアルホールと同じ名前の由来です。元々は実業家の邸宅として建てられたものですが、その後、裁判所や政府のオフィスなどとして使われ、70年代に改装され博物館となっていましたが、建物の老朽化などで閉鎖されていました。それを大改装し、アジア文明博物館の2号館として使うようになったわけです。
私たちがシンガポールに行った頃には、既に閉鎖された状態になっていましたから、この建物に足を踏み入れたのは今回が初めてです。中は随分と広く、展示品もかなり見応えのあるものです。ただ、アジア文明博物館の1号館の方もそうですが、シンガポール国内の歴史的遺産等を展示したものというよりは、館の名前どおり、中国やインド、東南アジア一帯のものが展示されているまさしく「アジアの」博物館という感じですね。IT利用ということもあって、通りかかるとディスプレイに映っている人が突然話しかけてきたりするような趣向もあります。興味のあるなしもありますが、立ち寄ってみると面白いのではないかと思いました。
全体を30分ほどで駆け足に見て歩き、ホテルへ戻ったのは5時過ぎでした。長い1日で、竜太朗も疲れたので、すぐにシャワーを浴びて寝かせ、その間に私たちは出発の準備などをしました。職場へのおみやげなども、ブギスジャンクションのスーパー「コールドストレッジ」あたりで買い出しを済ませました。
私たちは名古屋便の出発が深夜1時過ぎということもあって、いつも1泊余分にホテルをとり、深夜にチェックアウトするということにしているのですが、こうすると直前までゆったりと過ごせますし、シャワーを浴びてゆっくりということも可能で、重宝しています。< 最後の夕食は「天津館」で >
入り口の様子さて、最後の夕食はどうしようか考えていましたが、結局、シティホール近くのブラスバサコンプレックスまで歩いていき、久しぶりに天津館で餃子でも食べようということにしました。天津館は日本人には言わずとしれた有名店で、ガイドブックなどにもよく載っています。思うに、日本人にとっては中華というと「ギョウザとラーメン」という感じがやはり強いのですが、中国でも南方にルーツをもつ人の多いシンガポールでは、元から北方の食べ物であるギョウザのようなものを食べさせる店が少なく、こういうタイプの店にはどうしても日本人が押しかけてしまうということになってしまうのだと思います。
天津館は以前はチャイナタウンのタンジョンパーガー近くにあったのが数年前にここに引っ越したのですね。チャイナタウンにあった当時、シンガポールにあった私の職場では、日本から同僚が着任すると、どういうわけか最初にこの店に連れてきて食事をするというような習慣があって、私もシンガポール着任当時この店に来たものでした。
注文したのは、いわゆる焼きギョウザ、水餃子、ニラのピザ、ザージャーメンの4品に、デザートとして杏仁豆腐を頼みました。私はこのニラのピザが好きで、以前もよく食べたものです。ぱりっとしていてうまいんですよね。また、ここの焼きギョウザは、くるっと皮を巻いてあるタイプのもの。これもなかなかです。杏仁豆腐は、豆乳の味がするアーモンド風味の豆腐で、これが本当の杏仁豆腐なんですね。これもシンガポール在住中、近くのローカルのショッピングセンターで食べた味で、おいしかったです。
お店はブラスバサ・コンプレックスといって、ローカルの小さな書店や文具のお店などが集まったHDB住宅併設の建物の2階にあって、かなり地味な場所ですが、お客さんは見事に日本人一色で、どこへ来てしまったのだろうという感じでした。お店の人も、日本人慣れしているので、その意味ではシンガポール初心者にも安心かもしれません。とはいっても、あまり観光地ずれしていませんし、やはり楽しめるお店の一つといってもいいでしょう。お値段はタオル、ピーナツ、お茶代を含め、全部で29ドル60でした。
ちなみに、このタオル(お手ふき)とピーナツ、お茶代はシンガポールでは別料金で加算されるのが普通と言ってもいいと思います。よくぼられたというように感じで憤慨する人たちがおられますが、それは日本の常識。シンガポールでは何も不思議なことでも、特別なことでもないことをよく理解しておきたいものです。
ニラのピザ
焼きギョウザ
水餃子< ホテルから空港へ >
チャンギ空港内のインターネットコーナーブラスバサコンプレックスとブギスの間は歩いてもすぐの距離で、来たときと同様、帰りもホテルまで歩いて帰りました。この中間のところで大きな工事が行われていますが、これは国立図書館の新築工事です。かつてショップハウスが立ち並んでいたところが再開発で取り壊されて、長く空き地になっていましたが、ようやくこのあたりも再開発が動き出し、だんだん変わっていきますね。完成後の様子がまた楽しみです。
9時過ぎにホテルへ戻った私たちは、最終の準備を済ませ、バスタブにつかってから、ちょっと横になって休み、11時20分にフロントへ荷物をピックアップしてくれるよう電話。11時35分にチェックアウトのためフロントへ向かい、40分にホテルを後にして空港へ向かいました。例によってタクシーは飛ばしていきます。12時には空港に到着しました。
飛行機のチェックインは、前日の夜中にインターネットで済ませてあり、席も指定して、前の方の35JHK(翼の上の前付近)にとってありましたので、空港では荷物をチェックインするだけです。荷物のチェックインは名古屋便の通常のカウンターでも、アーリーチェックインを済ませた人用のカウンターでもどちらでも可能です。この日はタクシーが到着した入り口から近いということで、アーリーチェックイン用のカウンターでチェックインしました。
アメリカ便でないので、セキュリティチェックも普通ですし、何しろこの時間になると、日本行きの深夜便の乗客はほとんど中に入ってしまっていますし、人自体がまばらなくらいなので、何をするにも待つということはありません。
12時35分がボーディングでしたが、空港内で特に何をするということもありませんし、何よりもホテル出発間際に起きてしまった竜太朗が、さすがに深夜で眠そうなので、なるべく早く飛行機に乗ってしまおうと25分には搭乗口へ向かいました。
搭乗口へ来てみると、結構人でいっぱいでしたが、私たちは「小さい子ども」がいる特権で、座席番号関係なく、ファーストやビジネスクラスの人たちと同様に、さっさと搭乗しました。そして1時過ぎ、予定どおり離陸。シンガポールから飛び立ちました。また、しばらくシンガポールともお別れです。次はいつ来られるかなと思いつつ、シンガポールを後にしました。< 帰りの飛行機 >
夜飛ぶ飛行機は離陸の際に機内の電気を消すので、外の様子がよくわかります。チャンギ空港を飛び立つとまもなく、右手にバタム島の光が見えてきました。島とはいえ、それなりに大きな街があるバタムはさすがに明るい。全体的に人がいることが上空から見るとよくわかります。
少しすると今度はビンタンの島が見えてきました。夜中ということもあるが、バタムと違って、ビンタンは北岸のリゾート地に少し灯りが見える程度です。南の方が明るいのは、旧来の街の灯りだろう。と思っていると、このあたりで機内の電気がつき、外が見えなくなりました。竜太朗はぐっすり眠っていたのですが、電気がついた途端、目を覚まし、眠くて機嫌が悪くなって、ぐずぐずとぐずり始めました。乗務員の人たちが入れ替わり来てくれて、おもちゃをもってきてくれたり、3席空いた席があるので寝かせていってはと親切に勧めてくれたりしてくれるのですが、まずは寝付いてくれることが肝心なんですよね。要は室内が暗くなってくれさえすれば落ち着くのですが、明るくなる上に、軽食等のサービスも始まるのでそれどころではありません。大人の場合、目をつむって、あるいはアイマスクでもして寝てしまえばいいのですが、子どもの場合、そういうわけにもいかず、機内に暗く、静かになる場所はないものかと痛切に思いました。
帰りのフライトはせいぜい寝られても3時間程度で、すぐに朝食になってしまいます。日本時間の7時前には機内食が出されました。どうも最近、この朝食が食べられないんですよね。なんでもいいから寝かして置いてほしいというのが本音です。
この日は天気が悪く、飛行機からのよい景色は楽しめず、一面の雲海の中を名古屋空港へ向かって降りていきました。名古屋空港着陸は8時13分。6時間ちょっとのフライトでした。
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