〜チャイナタウン歴史散歩〜
アンシャン・ヒル地区編

ウイークエンド・エンターテイメント・クラブ アンシャンロードの様子
アンシャン・ヒル地区は、テロック・アヤ地区とサウス・ブリッジロードの間にある丘の上の閑静な地区です。チャイナタウンの他の地域に比べると、比較的地味で、「地球の歩き方」にさえ、詳しく書かれていないのですが、チャイナタウンのみならず、シンガポールを知るという意味で興味深いところです。強烈な面白味には欠けるかもしれませんが、この雰囲気はぜひ味わっておきたい感じがします。では、その知られざるアンシャン・ヒルへご案内しましょう。場所は「チャイナタウン・ストリートマップ」のブルーの地区をご覧ください。


アンシャン・ヒルの街並みと歴史

アンシャンロードの街並み
アンシャンロードの街並み
アンシャン・ヒルという名前は、漢字では「安祥山」と書かれるのですが、文字通り静かで平和な丘です。もともとはこの丘でクローブとナツメグを栽培していたというチャールズ・スコットという人にちなんで「スコッツ・ヒル」と呼ばれていたそうなんですが、彼の死後、遺族がこの丘を「チア・アンシャン」というマラッカ生まれの地主に売り渡したことから、アンシャン・ヒルと呼ばれるようになりました。

この丘自体は、アンシャンヒルと呼ばれるのですが、主な通りはクラブストリート、アンシャンロード、アースキン・ロードの3つです。クロスストリートのサウスブリッジロードとアモイストリートの中間地点付近から西に伸びる通りがクラブストリート、これが西に突き当たった通りがアンシャンヒル・ロード、この通りを登り、右手から丘を下っていくのですが、曲がってすぐの四つ角を下る通りがアースキン・ロードです。なお、クラブストリートには、途中から丘の上に登る分かれ道があります。

シンガポールは丘というもの自体が比較的少なく、またあっても昔から人が住んでいたような場所は少ないわけですが、ここは商業地テロック・アヤの近くに位置するだけあって、古くから建物が建ち、人が集った場所でした。出身地別に組織された会の事務所「會館」が今でも多く見られます。このエリアは、市内にある丘ということもあって、1940年代から60年代にかけては、車の免許試験のコースとして利用されたそうです。今でも当時の思い出を語る人が多いとか。面白いですね。


クラブストリートに向かう前にどろぼう市場をのぞいてみましょう!

どろぼう市場1
どろぼう市場の様子
アモイストリートからクロスストリートを進んでくると、道端で何やら売っている人たちの一群に出くわします。これが、チャイナタウンの「どろぼう市場」です。(地図・ブルーの地区@)どういうわけか日本語の観光ガイドブックにはあまり出てこないんですが、これは見ておきたいところです。「どろぼう市場」といっても、本当に盗品を売っているわけではなくて、みんなが家からがらくたを持ってきて売っているガレージセールのようなものといえばいいでしょうか。ただ、これが結構がらくたばかりで、使い古しの電話機、はき古しのズボン、腕時計のバンド部分あたりは、こんなもの置いてて何になるんだろうと思ってしまうのですが、中には興味の引かれるものがあります。

お札を売っている人が多く見られます
お札を売っている人が多く見られます
ここでは、各国やシンガポールの古い紙幣を売っている人がいるのですが、それをよく見ると、必ずといっていいほど日本がシンガポールを占領していた時代に発行したお札があるんです。日本人の我々が見ると、「THE JAPANESE GOVERNMENT」の表示のある10ドル札などを見るのは、何ともいえない感じがします。日本が発行したドル札、これがどういう意味を含んでいるか、ちょっと考えてみたいものです。ここだけは、友だちにこういう札があるよと案内しても、おおっぴらに「これだこれだ」と指さして言えない気分になってしまうのは、私だけでしょうか。

さて、ここには意外な掘り出し物もあって、先日行ったら、すごくいい状態の蓄音機を売っていました。試聴させてくれたのですが、結構いい音がして、思わず欲しくなってしまいました。最初の言い値が300ドルでしたので、値切れば200ドル近くにはなると思われましたが、結局やめたのですが、意外な掘り出しものがあるかもしれませんよ。このあたりをぶらぶらと見たら、駐車場を横切って、クラブストリートに向かってみましょう。


クラブストリート徹底解剖

クラブストリート33
クラブストリート33
クラブストリート35
クラブストリート35
クラブストリートの特徴は、面白い形態の建物です。シンガポールはチャイナタウンだけじゃなく、リトルインディアにしても、ゲイラン付近にしても、古くからある通りには均一な形態のショップハウスが建ち並んでいるわけですが、この地区は個性派の建物が多いんです。

この地区で有名なのは、クラブストリートのクロスストリート側から坂を上がって左手、駐車場から丘に上がる正面に見えてくる2軒の建物です。昔は33番地と35番地だったことから、「33/35クラブストリート」 (地図・ブルーの地区A)と呼ばれています。両方とも1932年にフランク・ブルーワーという人によって設計された建物なんですが、よく見るとこの付近のショップハウスとは全く形態の違う面白いデザインであることに気がつきます。特に面白いのは屋根で、パゴダ風なんです。特に坂の下になる「33」の方は、古い中国のお城みたいで、西の不評アトラクションのひとつ「タン・ダイナスティ」あたりにありそうな建物です。現在、リノベーションにとりかかろうとしているところらしく、工事の準備が行われています。「35」の方は、グリーンの瓦とパゴダ風のカーブになっているひさしと、深い朱色の窓、複雑な模様の格子が特徴的です。ところで、この建物の前から駐車場の方に降りる通りは「モハマド・アリ・レーン」という通りなんですが、前に友だちを案内したときに「これって、ボクシングのモハメド・アリのこと?」と聞かれたことがあるのですが、そんなことはないので念のため。この「モハマド・アリ」というのは、イスラム圏ではポピュラーな名前らしく、マレーシア人やシンガポールのマレー系には多く見られる名前です。

この二つの建物の向かい側にアンティークショップがあるのですが、これがまたのんびりしたお店で、外から見た限りどこで商売をやっているのかよくわからないのです。それだけじゃなく、よく玄関先でおじさんがゴロッところがって昼寝をしていて、中にも入りづらいし、何だかよくわからないのですが、何ともいえない風情があります。上を見ると、洗濯物が例の突き出し棒にかけて干してあったりします。人が住んでいるというのも、また不思議な感じがします。

ウイークエンド・エンターテイメント・クラブ
ウイークエンド・エンターテイメント・クラブ
このクラブストリートを登っていくと、途中からさらに丘の上に上がる道に出会います。この通りを上がっていくと、突き当たりになるのですが、ここに西洋風の白い優雅な建物が現れます。この建物は「ウイークエンド・エンターテイメント・クラブ」 (地図・ブルーの地区B)といって、1891年といいますから、今から100年以上前に建てられたものです。「クラブストリート」という名前は、このクラブの名前にちなんで付けられているんです。柱はギリシャ風でいかにもヨーロッパっぽい感じです。イギリス人あたりが週末に丘から海や街を眺めながら、優雅に遊んでいた様子がしのばれるようです。この建物のすぐ前に、現在巨大なコンドミニアムを建設中なんですが、ちょっとのぞいてみたら、この丘というのは結構高くて、おそらくテロック・アヤ側から見ると、昔はそびえたつ山のように見えたことでしょうね。

この一帯は、クラブストリートという名前にひかれてか多くの集会所や組合の事務所などがあるわけですが、クラブストリートを下った正面にある「The National Union of Gold and Silver Workers」(金銀業工友公會)なる建物などは、まだ集会所や事務所としての機能を残しているのか、日曜日に通りかかったときには、中からマージャンの音が響いていました。

生和
売れてしまった「生和」
さて、クラブストリートを再びまっすぐ進むと、アンシャンロードとの交差点に今にも崩れそうなショップハウスが見えてきます。 (地図・ブルーの地区C)チャイナタウンの中でも、数少なくなった昔のままのショップハウスの一つです。この建物、「生和」という看板があるのですが、これがクリーニング屋さんなんですねえ。人も住んでて、上に洗濯物が干してあったり、カーテンが風に吹かれてたりするんですが、前から「FOR SALE」の表示が出ていて、売りに出されてたようです。つい、この前行ったら、今度は「SOLD OUT」になっていました。おそらく、もう少したつと、リノベーションされて、きれいなショップハウスになってしまうんでしょうね。


アンシャンロードはショップハウスのスタイルに注目!!

天河同郷会
天河同郷會
さて、「生和」の角を丘の上に上がっていく道が、アンシャンロードです。この通りは、いろいろな形のアソシエーションや会館が多いのですが、何よりもペラナカン様式の変わったショップハウスの形態が見られるのが特徴といえます。例えば、通りのちょうど中央付近に、「天河同郷會」という建物があるので、これを例にとって見てみましょう。(地図・ブルーの地区D)この建物、まず目に付くのはタイルです。花柄の正方形のタイルが貼りつめてあるのですが、こういった花柄のタイルを使うのは、中国系とマレー人女性の混血文化「ペラナカン」の典型であると言われます。チャイナタウンには、このスタイルが比較的多く見られるのですが、タイルだけではなく、他の特徴として、入り口にある網戸代わりのような横長の木のポール、胸の高さまでくらいの小さな扉などがあります。こうした入り口付近の設備は、見た目のデザインもさることながら、中を見えないようにしつつ、防犯にも気を使いながら、風通しをよくするという昔からの知恵なんですね。

星州白鶴派體育會
星州白鶴派體育會
この「天河同郷會」の他にも、たくさんのユニークなデザインのショップハウスが見られます。入り口正面の看板の左右に凝ったデザインの小看板があったり、丁寧な彫りがきれいならんまがあったり、丁寧に見始めると興味は尽きません。ちなみに、先ほど書きましたように、凝ったデザインのショップハウスはペラナカンスタイルが多いのですが、こうしたデザインは、ポルトガル文化の影響が残るマレーシアのマラッカあたりへ入った移民が導入し、シンガポールへと伝搬してきたと考えられているようです。なお、ショップハウスについては、タンジョン・パーガー地区のコーナーであらためて書きたいと思います。

この通りには「会館」も多いわけですが、このスタイルも目に付きます。たいていはそれほど装飾が多いわけでもなく、外装自体は地味なのですが、正面の壁を広くとってあって、一般に背が高く、旗を立てるポールを備えているので、歩いていると非常に目に付きます。この手の建物は、建設の年次を入れているものが多いのですが、1900年代前半の建物が多いようですね。一番よく目に付く「星州白鶴派體育會」は1940年の建築です。


アースキン・ロードは観光用ショップハウス群

アースキンロードの様子
アースキンロードの様子
アンシャンロードから、マックスウエルロードに抜けていくカダヤナルア・ストリートの途中を右に下りて行く通りがアースキン・ロードです。(地図・ブルーの地区E)この通りは、すっかりリノベーションも終わり、今や観光用のショップハウス群と化していますが、大変閑静な通りで、のんびり歩くには最高の場所です。色も中国っぽい雰囲気を意識してか、下の柱が朱、上の壁は白と統一されており、さらに、雨樋が緑色で塗ってあるのが、全体にインパクトを与えていて、見た目もきれいです。
マックスウエルフードセンターの正面入り口
マックスウエルフードセンターの正面入り口
丘の上の角にあるのがホテル「イン・オブ・シックスス・ハピネス」。空港でタクシーの運転手にいってもけげんな顔をされそうですが、なかなかよさそうです。この通りにはティールーム、韓国料理のレストラン、薬屋、アンティークが並び、丘を下った最後の店が、例の「究極のチャーハン」と名付けられてしまったむちゃくちゃな値段のチャーハン屋「チャン・フク・キー」があります。

ここまで来たら、一休みするのをおすすめします。場所は何といっても、マックスウエル・フードセンターでしょう。(地図・ブルーの地区F)フルーツのフレッシュジュースでも飲んで、ゆっくり休憩しましょう。このフードセンターのことについては、「シンガポールうまいもの探訪」本編の中で扱ったフィッシュ・ビーフンのレポートのコーナーをご覧ください。ここでは、クレイポットライスの「民記」あたりもいいですよ。


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