お手数をおかけしました。クレタ・アヤの続き第2部をどうぞ!


おみやげ街トレンガヌ・ストリート

トレンガヌストリートの端
トレンガヌ・ストリートの端
さて、パゴダストリートを途中から折れて、トレンガヌ・ストリートに入ってみましょう。この通りは、クレタアヤ地区の中心部では、唯一サウスブリッジ、ニューブリッジロードと平行に走る通りですが、以前からおみやげ通りとしても知られています。このあたりも、通りのタイル張り工事が終わって、露店が建ち並ぶ賑やかな通りへと生まれ変わりつつあります。

この通りには、テーラーやシルクのお店、アンティーク、薬屋、それにコーヒーショップなどが店を並べているのですが、私たちが気に入っているお店はパゴダストリート角にあるパゴダハウス横のアンティーク「珍藝閣」と、テンプルストリート角の薬屋兼おみやげ屋の「廣安堂」です。

珍藝閣
アンティークショップ珍藝閣
「珍藝閣」の方は、よくツアーのガイドがペラナカンのお店ですなどというのですが、東南アジアのいろいろな骨董を集めたアンティークショップなんです。入ってみると、中国やインドネシア、ビルマ(ミャンマー)のものが多く、家具や入れ物、バティックの布を張り付けた木彫りなど、いろいろなものがあって、見るだけでも楽しめます。ちなみに、このお店はサウスブリッジロードのスリ・マリアンマン寺院の並びにも支店があります。
「廣安堂」の方は薬屋さんとおみやげやさんが一緒に入っているのですが、昔ながらのショップハウスの雰囲気が残るところがいいところですね。薬の方は、例によって、チャイナタウンだなあと感じさせる乾物と強烈なにおいを楽しみましょう。おみやげやさんの方はテンプルストリート側ですが、ここでの買い物は値切りが勝負。とかく日本人は値切り下手といわれますが、これも旅の楽しみと思って、値切り交渉をやってみましょう。

劇場としての機能も復活します
劇場としての機能も復活します
ところで、この付近に来ると、「ニセモノ・ドケイ」の声をよく聞きます。オーチャードでもよくいるのですが、観光地には付き物です。本物だと言って売ると、つかまってしまうので、「ニセモノ」といっているわけですが、結局は偽物なので、日本に帰国するときに税関で見つかると没収されます。ただ、10ドルとか20ドルとか、えらく安いので買う人もいます。前に、シンガポール在住の日本人の人と話をしていたら、最近はニセモノドケイも性能がよくなって、1年とか2年とか止まらずに正確に時を刻むのが多いそうです。1年以上大丈夫だったら、本物のブランドものの時計を買うより、ニセモノをかって使い捨てしていった方がいいんじゃないかと言って笑ったのですが、まあ、基本的に違法ですので、みなさんのお考え次第ですね。

ところで、トレンガヌ・ストリートで歴史のある建物と言えば、「廣安堂」の角をはさんで対向かいの「エンペラー・クリエーション」の入っている建物です。最近、改修が終わり、元通りの形態になりました。上を見ると、3階がテラス風になっているのが、わかると思います。この建物、昔はシンガポールでも有名なチャイニーズオペラの劇場だったのです。「ライ・チュン・エン」と呼ばれたこの劇場、第二次世界大戦の時に、ひどくこわれたそうなのですが、つい数年前まで建っていたそうです。劇場があったことから、テンプルストリートは、「劇場通り」とも呼ばれたそうですが、毎日のようにチャイニーズオペラの公演があり、人々が集まっていた様子を思うと、当時のクレタ・アヤの活況が想像されます。劇場としての機能もまもなく復活し、昔のような文化の拠点となることが期待されています。


テンプルストリートを歩く

さて、次にテンプルストリートを歩いてみましょう。ここのテンプルストリートは、サウスブリッジロード側にスリ・マリアンマン寺院があって、ここの横にバスが止められるようになっているため、ツアーの際に、ここでバスを降りて歩くことが多いようで、観光客を多く見かける通りでもあります。当然、おみやげ屋や、観光客向けのシルクのお店などが多くあります。

ニューブリッジロード沿いまで行くと、ショッピングセンター「幸運牛車水」(ラッキーチャイナタウン)があります。テンプルストリートに面した側にはマクドナルドが入っているのですが、中国語の音を当てて、マクドナルドが「麦当勞」になっているのが笑えます。マクドナルドのテンプルストリート沿いの向かい側には、「徳仁信中薬行」という薬屋があるのですが、ここの店先には「涼茶」があります。冷たいお茶のように見えますが、これは薬草を使ったハーブティーなんです。いろいろな種類があるのですが、漢方薬独特の苦いお茶や、菊花茶のような甘いお茶などがあり、店先で指定すると、茶碗にサーブしてくれます。漢方薬ですからクセのあるお茶が多いのは事実ですが、ちょっと試してみるのもいいかもしれません。ちなみにこのお店、おいてある薬が見やすく、立ち寄りやすいですよ。並びには、台湾料理、ピザ屋、パブなどがあります。


スリ・マリアンマン・テンプル

スリ・マリアンマン・テンプル
スリ・マリアンマン・テンプル
テンプルストリートを再び、サウス・ブリッジ・ロード側に戻ってみます。白い壁に牛の像が見えてきますが、これがスリ・マリアンマン・テンプル(地図・ピンクの地区C)です。入り口はサウス・ブリッジ・ロード側になりますので、戻って入ってみましょう。この、スリ・マリアンマン・テンプル、見ての通りのヒンズー寺院なのですが、シンガポールの数あるヒンズー寺院の中でも、最も歴史が古く、最も重要なヒンズー寺院です。

この寺院の最初の建物は、ナラヤナ・ピライというインド人によって1827年に建てられました。ピライは、シンガポールの開港の父、スタンフォード・ラッフルズの2度目のシンガポール訪問に同行して、1819年にシンガポールにやってくるのですが、シンガポールのインド系社会の初期の指導者として知られ、セントーサ島のイメージ・オブ・シンガポールの最初の方の展示にも人形付きで紹介されています。ピライは、元々ペナンのイギリス植民地政府の職員であったのですが、一方で、綿の取引も行う商売人で、1822年にクロスストリートで綿のお店を開いて、商売をはじめます。すぐに火災ですべてを失ってしまうなどのハプニングもあったものの、ラッフルズの信頼厚かったピライは、ラッフルズの支援を受けて、再び事業を再開し、同時にインド人のリーダーに指名され、タミール人の争議を仲裁する権限を与えられます。そして、ピライは、インド人コミュニティの中心となるべき寺院の建設に着手します。これが、スリ・マリアンマン・テンプルです。

ラッフルズの東インド会社は、最初、寺院の建設場所として、テロック・アヤ・ストリートを割り当てるのですが、ヒンズー教の儀式に必要な新鮮な水の確保が出来ないという理由から、ボツになります。次に、現在のラッフルズ・シティ周辺が次の候補地となったものの、今度はイギリス人居住区であったことから、これもボツ。そして、最終的に落ち着いた場所が、現在の場所で、土地は東インド会社から与えられたものだったそうです。現在の建物は、つい昨年改修が終わったばかりなのですが、ヒンズー教寺院は12年ごとに改修をする伝統があるようで、最初の建設以来、数々の改修を経て今に至っています。

この寺院は、シンガポールのヒンズー社会の中でも昔から重要な位置を占めてきました。植民地時代は、インドからやってくる人々が働く場所を見つけるまでの仮の宿として使われたほか、争議の仲裁や、ヒンズー教徒の結婚登録所としての役割を果たすなど、まさにヒンズー社会の中心であったのです。現在は、ヒンズー教の大きなお祭りの一つで、10月から11月頃に行われる素足の火渡り儀式ティミティーの会場として知られています。

さて、中に入ってみましょう。この寺院の中心にいる神様が、主神スリ・マリアンマンです。中にいるおじさんに聞いたら、この神様はヒンズー教の主要神の一人であるシバ神の奥さんパルディーカの化身だそうです。伝染病や流行の病気をしずめ、直す神様として知られているといわれます。ヒンズー教は地方の小さな神様と化身だといって宣言しては、吸収してきた歴史がありますから、スリ・マリアンマンももともとはインドの一地方の小さな神様だったのかもしれませんね。

ここで面白いのは、天井の絵です。改装の後、きれいに塗り直されて、よりいっそう鮮やかになったのですが、ここに描かれているのは、ヒンズーの神話のようです。胴が牛の神様や手が何本もある神様など、見ているだけでもエキゾチックな気分になります。右手にひときわめだつ巨大な神様の首があります。これは、ラーフといって日食月食の原因になるとされる架空の星「蝕星」という星の神様で、神話の中ではビシュヌ神に首を切り落とされたため、首だけになっているのです。中国では「竜頭」として知られるそうです。そのほか、細かく見ると、いろいろな神様がいますので、じっくり見てみるといいですね。

寺院に入るにあたって、注意すべきことは、ヒンズー教寺院共通ですが、靴を脱いで入ることです。それから、ここの寺院は、改装後、写真を撮るのに2ドルのチケットを買わないといけなくなりました。ビデオ撮影の場合は5ドルです。中にいるおじさんからチケットを買います。ちなみにこのおじさん、取っつきにくそうですが、質問をすると親切に答えてくれます。神様のことなど、いろいろ尋ねてみるといいですよ。拝観出来る時間は午前7時から11時半までと、夕方5時半から8時半までです。昼頃と夕方には、定例のお祭りがあって、ラッパを鳴らし、太鼓を叩いて、派手に儀式をやっている様子が見られます。


再びサウスブリッジロードを見てみましょう

歴史ある薬屋「余仁生」
歴史ある薬屋「余仁生」
スリ・マリアンマン・テンプルのあたりで、サウスブリッジロードにもう一度目を向けてみましょう。この通りもなかなか面白いんですよ。この通りには、金のお店、薬屋、宝石屋などが多いのですが、注目すべきは、南側の並びにある薬屋「余仁生」(ユーヤンサン)です。1910年に建てられたこの建物はテラスのある白亜の建物ですが、その堂々とした姿はこの通りの昔の隆盛を感じさせるようです。このお店自体は、昔からある薬屋で、中国の漢方薬を扱う貿易会社のようなところだそうです。中に入ってみると、いろいろな薬がショーケースに並べてあり、店の雰囲気も伝統を感じさせます。お店自体を薬の博物館的に楽しむというのもいいですね。

テンプル・ストリートの正面にあるお店「恒發當」は質屋さんです。上でも書いたように、「當店」というのは質屋さんのことで、客家出身者に多い職業だったわけですが、最近、シンガポールでは質屋の業績がえらく伸びているそうです。銀行の貸金庫代わりに質屋を利用することが多いためだそうですが、どうもよくわかりませんねえ。いずれにしても、質屋という商売が繁盛しているというのは面白いことです。この付近には、絵や写真のフレーム屋さんも目に付きます。これも、昔ながらの商売という感じですね。


クレタ・アヤでも最も雰囲気がいいスミスストリート

スミス・ストリートの風景
スミス・ストリートの風景
サウスブリッジロードから次はスミスストリートに向かってみましょう。この通りは、入ると他の通りと少し違ったしんみりとした、しかし落ち着いた雰囲気を感じます。並木があるのもその理由の一つなのかもしれませんが、クレタ・アヤでは好きな通りの一つです。お店は土産物屋も多いのですが、地元の人向けの店の方がどちらかというと多くて、人々の生活臭が感じられます。建物を見ても、テラス付きのショップハウスのような特徴的な建物があって、楽しめますよ。

中国風の仏具などを売る「楠記」
中国風の仏具などを売る「楠記」
この通りでぜひ立ち寄ってみたいのが、「楠記」という中国風の仏具などを売るお店です。サウスブリッジロードから入って少し行った右側になるのですが、このお店、中国系シンガポーリアンの信仰に使ういろいろな飾りものをはじめ、お参りに使うお香から麻雀パイまで売っています。金色と朱を基調としたいろいろな飾りのうち、面白いのは紙でつくった服、靴などです。お店のおじさんに尋ねたら、中国系シンガポーリアンの宗教としては仏教とタオイズムがあって、どちらでも死んだ人を弔うときに、あの世で使えるようにとこうした紙で出来たものを燃やすのだそうです。面白いですよね。まあ、おみやげというのもどうかと思うのですが、おみやげを買うとすれば、おすすめはお香です。20ドルくらいの束になった線香があるのですが、すごくいいにおいがして、変わったおみやげになるかもしれませんね。通りをニューブリッジロードの方に進むと、もう1軒同じ感じのお店がありますので、こちらでもいいと思います。

スミスストリートの横にはチャイナタウン・コンプレックスがありますが、この付近はドリアン屋台の名所です。シンガポールでドリアンを食べたいという人は、ここもおすすめの場所といえます。並びには、プロウンミーなどのお店もあるので、食事も楽しめますよ。

クレタ・アヤ編第3部に続きます。


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