((社)日本都市計画学会発行・学会誌「都市計画」229号所収・2001年2月) 1 はじめに
シンガポールは赤道の北約137キロに位置する淡路島程度の大きさの小国である。19世紀の初めまでは人口わずか千人程度の島にすぎなかったが、1819年にイギリスに植民地化されると、東西貿易の拠点となり、中国、インド等から大量の移民が流入して、都市化が進んだ。1965年にマレーシアから分離独立した後は、人口も増加の一途をたどり、現在はシンガポール国民約326万人に、海外からの駐在等居住者を加えた約400万人が住む都市国家となっている。
シンガポールは急激に成長してきたアセアン諸国の中でもトップを走り続けている国であるが、同時にアジアにおいては香港、タイなどと並ぶ有数の観光大国としても知られており、1999年の旅行者数はシンガポール国民の2倍を超える約696万人に及んでいる。アジア経済危機後、一時的に落ち込みを見せたが、2000年は10月末現在、前年同月末比10.9%増の637万人となっており、最終的に経済危機前の96年に記録した730万人に迫る伸びを見せている。
国土が狭く、天然資源もほとんど持たず、人口の少なさから内需を中心とした経済活動が期待できないシンガポールにとって、多くの雇用を創出し、多大な消費を生み出す観光産業は、最も重要な産業の一つであるといっても過言ではない。それだけに、シンガポール政府の観光産業にかける意気込みは並々ならぬものがある。
本稿においては、シンガポールにおける観光政策の歴史を振り返ると共に、現在の施策を紹介することとしたい。
2 シンガポール観光政策の歴史
(1)60年代〜失業対策としての観光産業振興
シンガポールにおいて、観光産業の重要性が最初に認識されたのは、シンガポールがマレーシアから分離独立した直後の1964年のことである。当時、シンガポールは深刻な失業問題と、マレーシア・インドネシアとの政治的対立等によって、国家の生存自体が危ぶまれる状況にあった。そのなかで、政府が取り組んだ政策の一つが観光産業の振興であった。観光産業は元手が少なくて済むうえ、料理人、メイド、ウェイター、クリーニング、ツアーガイド、運転手、土産の製造など種々の職業を必要とする労働集約型産業であり、失業対策としては最適であると考えたのである。
政府は、さっそくシンガポール観光振興局(Singapore Tourist Promotion Board)を設立し、映画産業の大物であるショウ・ブラザーズのルンメ・ショウを長官に任命した。
シンガポールという国は、山のない平坦な国土で、元来、観光に値する自然があるわけではない。加えて、独立当時、観光アトラクションはないに等しかった。このため、政府はまず旅行者を招くことができる魅力づくりにとりかかった。
手始めに、人魚のしっぽを持ったライオンをデザインしたツーリズムマスコット「マーライオン」をシンガポール川の河口に設置し、これをロゴ化することで土産品等の商品開発が進められた。
ホテルの建設も奨励され、ヒルトンを含む4つのホテルの整備が行われた。また、同局には旅行業者の認可業務の権限も与えられ、ツアーガイドのトレーニング等、旅行先としてのシンガポールの質的向上に関与できる体制も整えられた。
旅行者を招きやすい国土の整備も並行して行われた。戦中戦後の混乱期以降、市内はゴミと悪臭に満ちたスラムが散在する状況であったが、政府は、清潔で緑の多い街に変えることによって、観光客や企業がシンガポールを旅行先やビジネスの拠点とするようになると考え、ゴミ捨て等の取り締まりを開始する一方、1967年にガーデンシティ政策を発表し、計画的植樹と都市公園の整備に本格的に取りかかった。
こうした取り組み政策の結果、シンガポールはどこに行っても緑豊かな樹木が茂り、花が咲き乱れる美しい街となった。このことは、外国からの来訪者の増加はもちろん、外国企業の投資促進などにも大きな効果があったと考えられている。
(2)70年代〜アトラクションの開発
70年代に入ると、アトラクションの整備が本格的に始められた。1971年には、海外の野鳥園を視察したゴー・ケンスィー大蔵大臣の提案に基づき、シンガポール西部の工業地帯であるジュロン地区の小高い丘に、「ジュロン・バードパーク」がオープンした。
また、シンガポール港にほど近い小島であるセントーサ島を、ゴルフ場や各種アトラクションを備えた旅行者向けのリゾートアイアンドとして開発することが決定され、1972年に政府出資によるセントーサ開発公社が設立された。さらに翌年には、マレーシア国境にほど近いシンガポール北部のマンダイ地区に、シンガポール動物園が開園した。
こうして旅行者を招くためのアトラクション整備が政府の積極的な関与によって進められていったのである。
また、70年代には、コンベンションの誘致によるシンガポール訪問客増加が重要視されるようになり、観光振興局内の機関として「シンガポール・コンベンション・ビューロー」が設置され、”コンベンションシティ・シンガポール”のPRが積極的に行われるようになった。
こうして観光振興局発足時の1964年当時、9万1千人であった年間旅行者数は、1978年には、年間200万人を記録することとなった。
(3)80年代〜歴史的建築物・市街地の再開発
独立後、シンガポール政府は市内のスラム撤廃と近代都市の建設を目指し、大規模な市街地再開発事業を進めてきたが、その結果、シンガポール・マレーシア地域独特の建築物であるショップハウスなどが大きなビルに建て替えられ、過去の歴史的遺産が失われていきつつあった。
80年代に入り、これを憂慮した政府は、中心市街地の歴史的遺産を保存活用していく政策に転換し、1986年に都市整備を担当する都市再開発庁(Urban Redevelopment Authority)が中心となって歴史的地区保存のマスタープランがまとめられた。この計画の策定段階においては、観光振興局も関与しており、同局からは観光面から歴史的地区保存プロジェクトを活用していく10億ドル規模の「観光資源開発計画」が発表された。
この計画においては、中国人街であるチャイナタウン、インド人街であるリトルインディア、アラブ人街を含むカンポングラムといったエスニックエリアや、シンガポール川沿いの倉庫街であるボート・キー及びクラーク・キー、ラッフルズホテルなどがシンガポールの観光資源として明確に位置づけられることとなった。
再開発事業では、学校や教会等、特に歴史的価値が高い建物は政府自身が再開発を行うが、ショップハウス群については、都市再開発庁が買収を行った後、入札により保存再生事業を行う意思のある民間ディベロッパーに長期賃貸され、実際の工事は同庁の提示するガイドラインにしたがって、このディベロッパーが担当する。
再開発された建物は外観こそ厳しく整備形態が指定されているが、用途は基本的に所有者が自由に決めることができるため、建物の雰囲気は残しつつも、街の性格は大きく変わることになった。
歴史的地区の再開発は90年代に入って、続々と完成しているが、シンガポール川沿いの倉庫街であったボート・キー、クラーク・キーはおしゃれなレストラン街となり、チャイナタウン、リトルインディア、カンポングラムの雑多な街並みはショッピングや食事の楽しめる地区として甦った。イギリス植民地時代の面影を残す学校は美術館に、教会はナイトスポットへと衣替えし、現在、シンガポールの旅行ガイドブックに「おしゃれなエリア」として紹介されているエリアの大半は、80年代以降に再開発された地区である。
(4)90年代〜国外への観光投資の促進へ
国内のアトラクション整備、街並みの再開発に加え、90年代に入ると、大規模コンベンション施設なども整備され、88年には年間400万人であった旅行者数も順調に増加し、90年には500万人、93年には600万人をそれぞれ記録した。しかし、その一方、タイやマレーシアなど近隣諸国の旅行者の増加といった環境の変化、狭い国土という制約から考えて、国内の開発のみでは、観光産業の成長は頭打ちになっていくと考えられるようになった。
この問題に対応するため、観光振興局は単に旅行者の誘致だけにとどまらず、観光というビジネスの発展を通じ、国の経済成長の持続に貢献していくことを目指すという立場を明確にした新政策「ツーリズム・アンリミテッド(Tourism Unlimited)」を94年に打ち出した。
この政策は「世界をシンガポールへ」「シンガポールを世界へ」という二つのスローガンから構成されている。
このうち、「世界をシンガポールへ」とは、世界的なレジャー産業、レストランチェーンなどにシンガポールを新しいアイディアや商品の実験場として利用してもらおうというもので、世界からシンガポールへの観光投資促進策である。
もう一つの「シンガポールを世界へ」とは、国土の狭さというハンディを克服するため、シンガポール企業及びシンガポールに拠点を置く企業に対し、東南アジア諸国やオーストラリアやインド、中国などへの国境を越えた観光投資を、各国政府・企業との協力の下で奨励していくもので、シンガポールから世界への観光投資促進策である。
ここでは、ホテルやスパ等の施設のほか、本格的リゾートのような観光資源も開発されており、シンガポールの都市型観光と組み合わせることで新たな観光商品とされるケースもある。
その例が、インドネシアのビンタン島である。シンガポールからフェリーで45分程度の場所にあるこの島では、北岸一体が大規模なリゾートホテル、ゴルフ場などを備えたリゾート地区として開発された。ビンタン島では、これまでシンガポールで味わうことができなかった南国らしい透明度の高い海が楽しめるため、旅行者の人気が高く、日本からのツアー等でもビンタン島でのリゾートをセットにした商品が多数発売されている。
「ツーリズム・アンリミテッド」のコンセプトは、日本の庭園芸術において自然景観を庭園景観の一部として利用する「借景」思想にヒントを得たものを説明されるが、他国の資源を自国の資源として利用し、国境という限界にとらわれず、観光産業を発展させていこうとする点で、大きなパラダイム転換であり、小さな都市国家シンガポールの一つの挑戦であるといえる。
3 シンガポール観光政策の現在
観光振興局は、96年7月に「ツーリズム・アンリミテッド」をベースとした6つの戦略からなる観光政策「ツーリズム21(Tourism21)」を発表した。ここでは、GDP成長や生産性向上への貢献といったより幅の広い目標を目指していくことが宣言されており、観光振興局の名称も、観光産業全体の振興を行うという役割を明確にするため、「シンガポール観光局(Singapore Tourism Board)」と変更された。
以下、現在のシンガポールの観光施策のうち、従来行われてきた海外各国へのセールスミッションの派遣、イベントの開催等以外の新たな施策等を若干紹介しておきたい。
(1)観光関連産業の強化
観光局は、旅行関連業種だけでなく、小売業、飲食業、芸術文化関連のエージェントなどの関連産業を一括して「観光産業」として位置づけ、その成長を支援する取り組みを行っている。
信頼できるブランドショップや旅行代理店、スパなどに金のロゴステッカーを与え、信用を保証して幅広いレベルアップを図っていこうとする「シンガポール・ゴールドサークル(Singapore Gold Circle)」の取り組みはその一例である。
また、98年4月に「観光開発支援計画」(Tourism Development Assistant Scheme)が発表され、130万ドルの基金を活用し、近隣諸国を含めた新たなパッケージツアーの開発や世界的な芸術文化イベントの開催など6つの分野を対象に、資金面での支援が行われることとなった。
さらに、ホテルの質的向上を図るため、一定の改築に対して補助金を交付する制度が設けられているほか、アジア太平洋地域におけるホテルビジネスのハブとしての地位を確立するため、税制上の優遇措置等を通じ、ホテルチェーンの地域統括本部誘致が積極的に行われており、ヒルトンインターナショナル、フォーシーズンズグループなどがこれに応じて本部を設置している。
(2)クルーズビジネスの振興
海洋航行でのシンガポールの地の利を活かしたクルーズビジネスの拡大を図るため、シンガポールを発着するクルーズ船の取扱いを増やすと共にクルーズ企業に多様な航行先の商品開発を奨励することによって、シンガポールに到着する旅客数を増加させようという取組みが行われている。この結果、クルーズの寄港数、乗客数は、91年の276回、13万1千人から、99年には1387回、101万8千人へと急成長している。
(3)コンベンション、展示会等の誘致
各種会議・コンベンション、展示会の誘致は、世界でも有数の空港の存在、国内アクセスのよさ、英語が公用語であること等、都市国家シンガポールそのものの特徴を活かすことができる分野であり、旅行者数拡大のための手段として積極的な取り組みが行われている。
市内にはショッピングセンター等を併設した大規模な国際会議場・展示場が2カ所整備されているが、99年3月にはチャンギ空港近くに新たに東南アジア最大の展示会用施設が完成し、稼働を開始している。
(4)マーケティング
観光やビジネスでシンガポールを訪れる旅行者以外の来訪者を増加させるための取り組みとして、シンガポール国民に海外に住む友人や親戚等を積極的に招いてもらおうという「フレンズ・オブ・シンガポール(The Friends of Singapore)」プログラムがあり、市内観光ツアー参加費や各種アトラクションの入場料が無料になる等の特典が準備されている。
また、空港から市内へのアクセスのよさを利用した形で、トランジットのために空港内に一定時間滞在する旅行者を対象とした市内無料ツアーなどが行われている。
(5)観光産業の重要性についての意識啓発
シンガポール経済の成長に対する観光産業の重要性についての国民の意識を高め、職業の選択肢としての観光業界の地位を向上させるため、「Tourism is everybody's business」のスローガンのもと、観光産業に関する説明会や、主要な就職説明会への参加、学校における観光に関する討論会の実施などが行われている。
4 おわりに
シンガポールでは、観光アトラクションの整備等にとどまらず、街並みの再開発や緑化政策、他国での観光資源開発など国土開発や投資自体を観光産業の発展に利用するといった手法を用いている。大胆な都市開発や観光施策を実現できる政治的、制度的背景はあるのは事実であるが、そこには観光産業が国の成長に及ぼす影響についての現実的な認識があり、我が国あるいは地方自治体における観光産業の振興を考えるうえでも学ぶべきところは多いと思われる。
参考文献等
1)Singapore Tourism Board 「Year Book1998-1999」
2)丸谷浩明(1995)「都市整備先進国・シンガポール」アジア経済研究所
3)Singapore Tourism Boardホームページ[URL]http://www.stb.com.sg/